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名古屋市文化振興事業団
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●伝統芸能共育コーディネーター紹介


岡崎 美奈江先生
箏曲演奏家

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【プロフィール】
名古屋音楽大学器楽科邦楽専攻卒業、同大学院修了。NHK邦楽オーディション合格。名古屋市民芸術祭2012 特別賞受賞。これまでに、田村通子師、芦垣美穂師に師事。
現在、生田流箏曲宮城社大師範。名古屋音楽大学講師、栄 中日文化センター講師。美卯の会 主宰。

【コメント】
箏(琴)・三絃(地歌三味線)・十七絃に関するご相談、ご質問を承ります。お箏をはじめたい、演奏を披露してみたい、尺八や洋楽器と合奏してみたいなど、どうぞお気軽にお問い合わせください。

杵屋 六春先生
長唄・唄方

最新エッセイは
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【プロフィール】
1994年東京芸術大学音楽学部邦楽科長唄専攻卒業。
2度の名古屋市民芸術祭審査員特別賞受賞 長唄宗家十五世 杵屋喜三郎師(重要無形文化財・人間国宝)に師事。「名古屋まつり」「やっとかめ文化祭」など多方面の舞台やCBCラジオ・NHK FMなどに出演。名古屋音楽大学講師。

【コメント】
長唄や三味線の楽しさ、着物を着て舞台で演奏したい!というご相談など、何でもご相談くださいませ。



五條 美佳園先生
日本舞踊五條流師範

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【プロフィール】
平成26年度 名古屋市民芸術祭特別賞《奨励賞》を受賞。
幼少の頃より、五條珠園・五條園美に師事し、南山大学短期大学部にて「舞踊と文化」の講師を務める師匠・五條園美の助手として、長年に渡り指導に携わる。また、名古屋市内、北名古屋市等にて後進の指導にあたる。特に子どもたちの指導に定評がある。

【コメント】
「日本舞踊ってどんなお稽古をするのだろう?」「始めてみたいけど自分にもできるかしら?」「一度日本舞踊の舞台を観てみたいなぁ」など、興味のある方はお気軽にお尋ね下さいませ。皆様と日本舞踊の出会いのきっかけになればと思っています。

柴垣 治樹先生
雅楽演奏家、雅楽企画者
主韻会代表

最新エッセイは
こちら

【プロフィール】
幼少の頃から雅楽の音の中で育ち15歳から本格的に雅楽活動を開始する。笙、右舞、楽箏を専門とし、元宮内庁式部職楽部首席楽長、豊 英秋氏に師事。
また2010年に雅楽団体[主韻会]を作り東海地区を中心に様々な場所で演奏活動、講習会を開催し雅楽の発展に力を注ぐ。

【コメント】
雅楽は[世界最古のオーケストラ]で日本で一番歴史のある伝統芸能です。約1300年前から受け継がれている音、舞、歌を楽しんで見ませんか?!
雅楽に関する質問など気楽に問い合わせ下さい。また、演奏依頼や教えて貰える所などの問い合わせもお待ちしてます。

※個人情報の取扱い及び相談概要の公表について
ご提供いただいた個人情報は、コーディネーター及び北文化小劇場が回答するにあたって必要な範囲で使用させていただきます。





ご案内

【第18回】五條美佳園先生(第4回)
 日本舞踊・ちびっこほのぼのエピソード集「第5回〜大変身!クネクネからキラキラへ〜」

 今回はまずこの詩からご紹介したい
と思います。

『はっぴょうかい』
ぶたいにたった 
たのしくおどった
ていねいにおどった
げんきにおどった
こんなにいっぱいのおきゃくさま
いっぱいいっぱいのおきゃくさま
わたしのおどりを見てくれる
がんばるぞ
よかったよと
いわれるようにがんばるぞ
きょくがながれる
いよいよでばん
みんなの目がわたしをむいている
おわったよ
ドキドキのぶたいがおわったよ
だんだんドキドキおさまって
さいごはさっぱりしたきもち
きょうのぶたいたのしかったな
らいしゅうのおけいこたのしみだ



日本舞踊五條流師範
五條美佳園 先生

これは、今はもう高校生になった門下生が小学校二年生だった頃書いたものです。小さいながらもこんなに沢山の思いを胸に踊っていたのだなぁと当時感激したのを覚えています。
2才10ヶ月でお稽古を始めた彼女は、かなりの恥ずかしがり屋さんでした。初対面の方を前にするとクネクネしながらやっと聞こえるくらいの声で挨拶をしてスーッとママの後ろに隠れてしまったり、先輩方がお稽古中は着替えの部屋から絶対出てこなかったくらいです。
でも、この詩を書いた頃から踊りが生き生きし始め表情も明るくなってきたような気がします。きっと日本舞踊が彼女に勇気と自信を与えてくれ、それに包まれて温かくのびのびと成長したのでしょう。
技術を磨くのはもちろん、それだけではなく心を豊かにしながら『キラキラ』と成長していく子どもたちの姿を、眩しく、頼もしく感じながら、今後も見守っていきたいと思います。

笙(しょう) 笙(しょう) 笙(しょう) 笙(しょう)


  更新日:2017/10/31
【第17回】柴垣治樹先生(第5回)
 『雅楽の楽器紹介その5【楽太鼓】』

雅楽に使われる太鼓は三種類あります。
釣太鼓(つりだいこ)、荷太鼓(にないだいこ)、大太鼓(だだいこ)です。どのような場面で使われるかを説明させて頂きます。

○釣太鼓
主に管絃(演奏のみで舞が無い)の時に使います。鼓胴の厚さ約12センチ、鼓面の直径約60センチの扁平形で、円形の木の枠につるし、2本の桴(ばち)で打ちます。
雅楽で一番使われる太鼓です。
○荷太鼓
雅楽を演奏しながら行進する道楽に用いられます。二人のかつぎ手と演奏者の三人が連れ添って歩きます。
ちなみに、道楽は「どうらく」ではなく「みちがく」と読みます。
○大太鼓
雅楽の舞楽に用いる太鼓で、鼓面の直径は約2メートルもある大きな太鼓。周囲に火焔(かえん) の装飾があり、火焔太鼓とも呼ばれています。
舞楽には左方、右方があるので大太鼓は2台使うのが理想ですが、とても高価でとても大きいので、宮内庁式部職楽部、大きな神社、大きなお寺以外ではあまり使われておらず、釣太鼓で演奏される事が多いです。




雅楽演奏家/
雅楽企画者主韻会代表
柴垣 治樹先生
  更新日:2017/10/3
【第16回】岡崎美奈江先生
 箏曲って? 第4回『検校』

 前回は、「箏曲作曲家・演奏家 八橋検校と京都銘菓 八ツ橋」についてお話をさせていただきました。第4回目は、「検校」について採り上げたいと思います。

 近世箏曲の創始者といわれる「八橋検校」、愛知県出身で後に京都・名古屋を中心に活躍した「吉沢検校」、普段はあまり目にしない、この「検校(けんぎょうと読みます)」にはどんな意味があるのでしょう。

 近世まで、日本には「当道職屋敷」という盲人の方の為の保護・統括組織がありました。歴史は古く、平家琵琶の専門家の組織が、室町幕府から庇護をうけるようになり、宗教組織から抜け出したのが始まりです。盲人は、ここに属することによって大きな庇護を受けることになりますが、代わりに細かな身分制度の中にはめ込まれていました。
大きくは4種(4官)で、座頭(ざとう)・勾当(こうとう)・別当(べっとう)と上がっていき、その最高位が検校でした。この4種がさらに16階級、73刻みに組み分けされていたそうです。検校へあがるのはとても大変なことだったそうですが、その権勢と経済力は大名にも匹敵したと伝えられています。
江戸時代に全盛期を迎えた組織も、明治4年に廃止となりました。

 かつては勝新太郎さん、その後ビートたけしさん、最近では中日劇場の歌舞伎で市川海老蔵さんも演じられた「座頭市」、これは「市」という名前の、「座頭」職の方を題材にしたものです。



箏曲演奏家
岡崎美奈江先生
宮城道雄 
箏曲公演の様子


  更新日:2017/8/31
【第15回】杵屋 六春先生(第4回)
 長唄名曲紹介 「西洋音楽に例えると〜Vol.4」

今回ご紹介する曲は「綱館」、正式には「渡辺綱館(わたなべのつなやかた)之段」。
1869年(明治2)3世杵屋勘五郎作曲で、1741年(寛保1)江戸・中村座の初演以来埋もれていた『兵四阿屋造(つわものあずまやづくり)』の詞章に手を入れ、節付けをして復活させた作品です。この曲自体は演奏会用に作られた作品ではありますが、歌舞伎では「茨木」という演目で上演され、お芝居としても観ることが出来る作品でもあります。西洋音楽にたとえると、時には歌曲、時にはオペラといったところでしょうか…。
渡辺の綱は羅生門で鬼「茨木童子(いばらきどうじ)」の腕を切り落として追い払いました。しかし有名な陰陽師の安倍晴明の占いによると、相手は鬼なのでかならず仕返しに来るとのこと。7日間は屋敷にこもって誰にも会わず、物忌(ものいみ)し、腕は箱に入れて封をしておくように言われました。そして今日が7日目。何事もないといいが、と思う綱。
そうこうするうちに日も暮れてきました。そこに老婆がやってきます。老婆は綱の伯母だと名乗り、「津の国(摂津の国。今の大阪と兵庫の間)」から、甥の綱に会いに来たと言います。伯母とはただの親戚ではなく、綱の育ての親なので母親のような立場なのです。物忌の最中なので家には入れないと家来や綱が断るので、叔母はがっかりして帰って行きます。門の外でのひとりごとが聞かせどころのひとつ。
綱が幼き時より自ら育ててきたのはこの叔母の私。それなのにこの冷たい仕打ち、と悲しみます。
優しい心を持っていないのならどんなに強くても武士としては失格だと怒り、もう肉親の縁を切ると号泣する叔母。困り果てた渡辺の綱。育ての親をむげに帰すことはできない。縁切りも困る。そもそも身内なのだから大丈夫だろうと思った綱は、叔母を呼び入れます。
このへんまでは普通のやさしそうなおばさんです…さあここから徐々に鬼としての正体をあらわしていくわけです。甘い言葉で、綱が羅生門でとった鬼の腕を見せて〜とお願いします。そしてその腕をためつすがめつ眺めた叔母はあっという間に腕を取り返して帰っていったのでありました。

この曲は長唄愛好家の憧れの曲。そしてこの曲を幸せなことに名披露目の時に、ご宗家15世杵屋喜三郎師のお許しをいただき(長唄宗家・杵屋六左衛門家の許しものの一つ)唄うことが出来ました。
さて次回はどんな曲をご紹介しようかしら…まだまだ名曲は続きます。

鐘に逃げた安珍を焼き殺す清姫の図 



長唄・唄方
杵屋 六春先生

 〜歌舞伎からきた日常用語〜
「油断大敵」
これは歌舞伎から来た言葉ではございませんが、手柄をとった渡辺の綱が油断して起こったお話。
皆様もぜひお気を付け下さい!私も気を付けます。

 
  更新日:2017/7/24

【第14回】五條美佳園先生(第3回)
 日本舞踊・ちびっこほのぼのエピソード集「第4回〜鑑賞!曾根崎心中〜」

 今回は記憶に新しい半年ほど前のエピソードをお届け致します。
 昨年12月、名古屋市芸術創造センターにて「椿説曾根崎心中夢幻譚」という公演に出演させて頂きました。交響楽団、箏、尺八、琵琶、三味線という和洋のコラボ演奏に、お能と日舞が立方として物語を表現致しました。私は主要キャストである天満屋の遊女お初をさせて頂きました。皆さまもご存知のように、平野屋の手代徳兵衛と心中するお話です。可愛いお弟子さんたちも大勢足を運んでくれました。
 公演1週間後のお稽古日のことです。保育園に通う4歳の女の子が「先生じょうずだったよ」と沢山誉めてくれました。(厳しい芸の道、なかなか誉められることはありませんから嬉しいものです)舞台当日、私が刀で殺められたシーンにショックを受けては可哀想と思ったママが「先生大丈夫かなぁ。」と子どもに声をかけたそうです。すると、
「違うよ、先生は死んだふりをしているだけだから大丈夫だよ。」と逆にママを諭したそうです。4歳にしてなんと冷静に舞台を観ていたことでしょう!


日本舞踊五條流師範
五條美佳園 先生

 
 今度は1年生の女の子がお稽古に来ました。伏し目がちで何だか元気のない様子。ママに尋ねると、その日の朝から「今日私はだれにお稽古してもらうの?」と何度も聞いてくるというのです。
よほど真剣に舞台を観ていたのでしょう。お初である私は死んでしまったと思い込んでいたようです。「大丈夫よ!先生はこんなに元気よ!」と抱きしめると、安心したのかやっと笑顔を返してくれ、嬉しそうにお稽古を始めたのでした。
 ただ観せられるだけでなく子どもなりに積極的に話を理解し心を動かして、まさに舞台を『鑑賞』していたのだなぁと驚かされました。このような経験が彼女たちの今後にどのように生かされるのかとても楽しみです!

笙(しょう)

笙(しょう)

笙(しょう)
  更新日:2017/7/5
【第13回】柴垣治樹先生(第4回)
 『雅楽の楽器紹介その4【鞨鼓(かっこ)】』

今回で四回目となる雅楽楽器紹介では鞨鼓(かっこ))を紹介します。

[鞨鼓]
雅楽で使われる打楽器です。奏者の正面に横向きに置き、先端を団栗状にしてある桴(ばち)を使って左右両面を打ちます。主に唐楽で使われます。オーケストラの指揮者の役目を持っており、鞨鼓の奏者が桴を手にすることが、他の奏者達に演奏開始を伝達する合図となります。
 鞨鼓は鼓胴と呼ばれる、中央が俄かに丸く膨らんだ円筒形の筒と、叩いて音を出す鼓面と呼ばれる部分から構成されています。鼓面は鉄の輪に馬の皮を貼り付けて作られ、互いの鼓面は張力を増幅させる為に「調緒」と呼ばれる革紐で締め付けられています。調緒を締めたり緩めたりすることで音程を調節します。また、鼓胴の部分は、様々な色で彩色されており、多くは花の模様で描かれています。
 演奏法は、単独で右片方の面のみを打つ「正」と、連続で打つ「来」に大別されて、さらに「来」は、左の桴のみで打つ「左片来(ひだりかたらい)」、右の桴のみで打つ「右片来(みぎかたらい)」と、両方の桴で左右の面を交互に打って行く「諸来(もろらい)」に分けられます。

演奏は難しく、長い年月を掛けて研鑚を積んだ雅楽家でも円滑に演奏することは容易ではないため、楽長もしくは雅楽団体で優れた演奏者が演奏します。

【鞨鼓から生まれた日本語】
 物事の終わりや、興行の終わりを「本日の打ち止め」等といいます。雅楽の舞楽で舞人などが退出し、曲を途中で止める時、式楽で曲の途中で演奏を止める時は鞨鼓の「正」を拍子からずらして打ち「吹き止め句(演奏を止める時のフレーズ)」吹いて演奏が終わります。ここから物事や興行を終わりにすることを「打ち止め」と言うようになりました。




雅楽演奏家/
雅楽企画者主韻会代表
柴垣 治樹先生
  更新日:2017/6/1
【第12回】岡崎美奈江先生
 箏曲って? 第3回 『八ッ橋』

私の担当しますエッセイ「箏曲って?」では、第1回は『箏と琴』、第2回は『春の海』をテーマにお話させていただきました。第3回目となる今回は、『八ッ橋』を採り上げたいと思います。

皆さんは『八ッ橋』というと何を思い浮かべますでしょうか。そう、やはり京都土産の定番「生八ッ橋」でしょうか!? 定番の品はもちろん、チョコ、抹茶、苺に桜など、様々な商品が販売されていています。 私も大好きな銘菓ですが、箏曲にたずさわる者は同時に、箏曲の祖と言われる『八橋検校』を思い浮かべます。

八橋検校は1614年生まれ、江戸時代前期に活躍した作曲家・演奏家です。その斬新な感性、改革への行動力は、八橋が現れなければ、日本の箏曲は全く違ったかたちになっていたはずと言われるほどです。ちなみに八橋検校の没年1685年には、西洋音楽の父と言われるバッハとヘンデルが誕生しています。

そんな八橋検校は、京都 洛東・黒谷の金戒光明寺に眠っています。重要文化財に指定されている文殊塔の裏には墓所があり、塔頭のひとつ常光院の前には、「八はしでら」という琴柱をデザインした碑もあります。

銘菓「八ッ橋」は、八橋検校を慕ってお参りにくる人たちのお土産品として作られたお菓子なのです。ただ、それは現在主流になっている「生八ッ橋」ではなく、板状の湾曲した焼菓子の方です。これは琴をイメージした形になっています。「生八ッ橋」派の皆様も、次の機会にはぜひこちらもご賞味ください。



箏曲演奏家
岡崎美奈江先生
宮城道雄 
八橋検校


  更新日:2017/4/30
【第11回】杵屋 六春先生(第3回)
 長唄名曲紹介 「西洋音楽に例えると〜Vol.3」

第一回はお芝居と曲が絡む「勧進帳」=「オペラ」。
第二回は舞踊と演奏が絡む「京鹿の子娘道成寺」=「バレエ」。
第三回目の今回は「吾妻八景」のお話。文政十二年(1829)に、四代目杵屋六三郎師によって作曲されました。

曲中の三つの長い合方(三味線のみの演奏部分)は単なるメロディではなく、佃、砧、楽と歌詞に沿った表現をしています。本調子を春、二上がりを夏、三下がりを秋と冬で構成され、四季物の多くに共通する旋律と言えましょう。上品な心地よい歌詞とメロディは今日まで愛される大きな要素となっています。
この曲を西洋音楽に例えるならば、ずばり「歌曲」。
そう、主役は演奏者。長唄の演奏スタイルは金屏風の前に緋毛氈を敷いた山台と呼ばれる舞台に正座をして演奏を致します。

今回は写真を自身の舞台写真にしてみました。
主役は私、なのですから。

鐘に逃げた安珍を焼き殺す清姫の図 



長唄・唄方
杵屋 六春先生

 〜歌舞伎からきた日常用語〜
「板につく」
一般には物腰などがその職業や立場に良く合ってくることを言いますが、歌舞伎では役者の芸が(演技)が舞台で調和していることを差します。早く言われるようになりたいな…板についてきたねと。精進致します。

 
  更新日:2017/3/21

【第10回】五條美佳園先生(第3回)
 日本舞踊・ちびっこほのぼのエピソード集「第3回〜マシュマロの君〜」

毎回苦しくも(?)楽しく書かせて頂いております私のエッセイも3回目となりましたが、皆さまには少しでも日本舞踊に親しみをお持ち頂いてますでしょうか。

今回は2才の男の子の初舞台エピソードをお楽しみ頂きたいと思います。
ある夏のおどり発表会当日、日舞の先輩でもある3つ上の兄と共に楽屋入りをし、簡単にお化粧もしてもらっていざ舞台袖へ。
まずはお兄ちゃんの勇姿を袖から観察です。格好良いお兄ちゃんの姿を近くで見たかったのか、徐々に身を乗り出して危うく舞台上に出てしまいそうになりました。

大先生に叱られて大泣きした彼は一旦楽屋に戻り気持ちを落ち着けます。暫くして本人の出番が近づいて来た頃、またもや大きな泣き声が…。
待ちくたびれたのかお腹がすいたらしいのです。「踊ってから食べようね」と諭すお母様。
更に泣いて訴える彼。

何とか無事に初舞台を迎えて欲しい私は「何か食べるものはないですか?」
母「マシュマロならあります!」
私「食べさせて下さい!」


日本舞踊五條流師範
五條美佳園 先生


一か八かの咄嗟の判断でマシュマロを彼の口に。
そしてそのまま舞台上へ。さっきまで泣いていたことが嘘のように童謡『花かげ』を踊り始めました。傘と扇子を使って最後のキメのポーズをしたその瞬間にお口を少しだけモグモグしてひそかにゴクン!(子ども心に大っぴらに食べてはいけないと思っていたのでしょう。)そして大きな拍手を頂いて笑顔で引き上げてきました。

舞台上で物を食べるなんて言語道断と舞台の神様からお叱りを受けそうなエピソードですが、そんな彼も現在は小学4年生になりました。今もなお日本舞踊を続けている彼にとっては、舞台に穴を空けず最後まで踊りきったことがとても自信になっていることと思います。(もちろん本人の記憶はありませんけど…)

時々親御さんと共にこのマシュマロの話を思い出しては初心に返り、お稽古に励んでおります。そして舞台の神様…本当にごめんなさい
これからもどうぞ見守っていて下さい



笙(しょう)

笙(しょう)
  更新日:2017/2/22
【第9回】柴垣治樹先生(第3回)
 『雅楽の楽器紹介その3【龍笛(りゅうてき) 高麗笛(こまぶえ) 神楽笛(かぐらぶえ)】』

今回で三回目となる雅楽楽器紹介では龍笛(りゅうてき)、高麗笛(こまぶえ)、神楽笛(かぐらぶえ)の3種の横笛を紹介します。雅楽の奏者は三種類の横笛を吹き分けなくてはなりません。

[龍笛]
龍笛は竹製で表側に「歌口(うたぐち)」と7つの「指孔(ゆびあな)」が開いた40センチほどの横笛です。龍笛の歴史は古く中国大陸から伝来し、能管や篠笛をはじめとした和楽器の横笛全般の原型となったと考えられています。また、シルクロードを通じ西洋に伝わりフルートの原型となったともいわれています。
現在では気温の変化の影響を受けにくく、管理もしやすいプラスチック製の初心者用の竜笛もつくられるようになりました。
龍笛は雅楽の楽器としては音域が広く、2オクターブの音域(E5〜D7)を出すことができます。低音から高音の間を縦横無尽に駆け抜けるその音色は「舞い立ち昇る龍の鳴き声」に例えられ、それが名前の由来となっています。笙が天上の音、篳篥が地上の人の音を表すのに対し、龍笛は天と地を自由に行きかう龍の鳴き声を表現しているのです。
また、合奏の際は篳篥が主旋律を担当し、龍笛はその音域の広さを活かして主旋律に絡み合うように演奏されます。 雅楽の楽曲は通常龍笛のソロ演奏からはじまり、その楽曲の龍笛パートのリーダー(音頭(おんどう)、または主管とも呼ばれます)がソロ演奏を担当します。


雅楽演奏家/
雅楽企画者主韻会代表
柴垣 治樹先生

[高麗笛]
高麗笛は、龍笛と同じく雅楽で用いられる竹製の横笛です。朝鮮半島から伝わった雅楽の高麗楽(こまがく)と、平安時代に完成した日本固有の国風歌舞(くにぶりのうたまい)のひとつ東遊(あずまあそび)で使用されます。
高麗笛は表側に6つの孔があり、西洋楽器のピッコロに似ています。音の高さは龍笛より一音高く、F#5〜E7の音域となります。

[神楽笛]
神楽笛は雅楽の御神楽や、一部の近代神楽で用いられる日本古来の横笛であり、大和笛(やまとぶえ)、太笛(ふとぶえ)とも呼ばれます。
龍笛、高麗笛同様に竹で作られており、全長は約46cmで、表側に6つの指孔があります。
音の高さは龍笛より長二度低く、音域はD5〜C7となります。

[雅楽から生まれた日本語:音頭を取る]
雅楽に使用される管楽器は複数で構成されますが、その主奏者を「音頭(おんどう)」と呼びます。
雅楽のほとんどの楽曲は笛の音頭から演奏を始めます。これが転じて『何人かで事を行おうとする時、先頭に立って導くこと』を『音頭を取る』というようになったと言われます。

笙(しょう)
上より神楽笛、龍笛、高麗笛
撮影:吉澤 忍
  更新日:2017/1/30
【第8回】岡崎美奈江先生
 箏曲って? その2  〜春の海〜

 寒さひとしお厳しい折ではございますが、皆さん穏やかな新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。

 さて、私の担当するエッセイ「箏曲って?」の第1回目では、“箏”と“琴”についてお話しさせていただきました。第2回目となる今回は、箏曲 「春の海」について採り上げたいと思います。
お正月はお箏(お琴)の音色を耳にされる機会が多いのではないでしょうか。百貨店やショッピングモールにはじまり、飲食店など様々な場所でお箏のBGMが流されます。その中でも、いまやお正月のテーマソングの様になっている曲、それが宮城道雄作曲の「春の海」です。曲名はうろ覚えでも、メロディーをお聴きになれば、皆さん必ず『 あ〜!』となることと思います。

 この曲は小学校の音楽の鑑賞課題曲として教科書にも採り上げられていますので、小学生にも知られています。
この「春の海」は1929年(昭和4年)の年末に、翌年の歌会始めの勅題であった「海辺巌(かいへんのいわお)」にちなんでつくられたものです。宮城道雄が、かつて瀬戸内海を船で旅したときの印象に、波の音や鳥の声、漁師の舟唄などを素材にまとめられています。
 当初、箏と尺八の二重奏曲として作曲されましたが、1932年(昭和7年)に来日したフランスの女流バイオリン奏者ルネ・シュメーが尺八の部分をバイオリンに編曲し、作曲者である宮城道雄の箏の演奏とともにレコード化したものが、ベストセラーになったことから、以後、一躍世界的に有名になりました。

 皆さんもどこかで「春の海」をお耳にされた時には、ぜひ春の瀬戸内海をイメージして聴いてみてください。


箏曲演奏家
岡崎美奈江先生
宮城道雄 
宮城道雄
(1894〜1956)


  更新日:2016/12/26
【第7回】杵屋 六春先生(第2回)
 長唄名曲紹介 「西洋音楽に例えると〜Vol.2」

 第一回目では「勧進帳」=「オペラ」のお話をいたしましたが、二回目の今回は長唄の中で二番目に有名な曲「京鹿の子娘道成寺」のお話。(宝暦3年 (1753年)初代杵屋弥三郎作曲)

 桜満開の紀州(現在の和歌山県日高郡日高川町)道成寺。清姫の化身だった大蛇に鐘を焼かれた道成寺は長らく女人禁制となっていた。以来鐘がなかったが、ようやく鐘が奉納されることとなり、その供養が行われることになった。そこに、花子という美しい女がやってきた。聞けば白拍子(男装の遊女今様や朗詠を歌いながら舞う芸人のこと)だという。鐘の供養があると聞いたので拝ませてほしいという。所化(修行中の若い僧)は白拍子の美しさに、舞を舞うことを条件として烏帽子を渡し入山を許してしまう。花子は舞いながら次第に鐘に近づく。所化たちは花子が実は清姫の化身だったことに気づくが時遅く、とうとう清姫は鐘の中に飛び込む。と、鐘の上に大蛇が現れるという女性の恋心が情念、怨念に変わるという物語。これは西洋音楽に例えると「バレエ」。
 バレエとは歌詞・台詞を伴わない舞台舞踊。及びその作品を構成する個々のダンス。音楽伴奏・舞台芸術を伴いダンスによって表現する舞台。この娘道成寺もセリフがなく、地方と言われる演奏者の曲に合わせて舞うため西洋音楽に例えるとバレエの要素を強くもつ演目とされております。他にも「藤娘」などお芝居ではなく演奏のみで舞う演目が長唄の中にはまだまだございます。

鐘に逃げた安珍を焼き殺す清姫の図 
鐘に逃げた安珍を焼き殺す清姫の図
(『道成寺縁起絵巻』土佐光重筆:国重要文化財)



長唄・唄方
杵屋 六春先生

 〜歌舞伎からきた日常用語〜
「三枚目」
一般には滑稽な人、道化の役割を差しますが、江戸時代、関西の劇場では看板の三枚目に道化役を書く習慣があり道化役の別称が「三枚目」となったようです。

 
  更新日:2016/11/24
【第6回】五條美佳園先生(第2回)
 日本舞踊・ちびっこほのぼのエピソード集「第2回〜あこがれの舞台〜」

木々の葉っぱも色づき始め、紅葉の秋…そして芸術の秋ですね。前回のさくらんぼジャンケンに続き、今回は芸術の秋にちなんで舞台観賞をした小さな子どもたちのエピソードをお届けしたいと思います。

 私たち日本舞踊五條流珠園会は色々な舞台に立たせて頂く機会に恵まれています。その中に若手名取が中心となる「桜美の会」がございます。その第2回目の公演が6年前に開催されました。

 当時まだ5才だった小さなお弟子さん(女の子二人)はお稽古を始めて2年目、師匠である私の舞台を観るのは初めてでした。私は創作作品を発表させて頂き、クラッシック音楽と外国映画のテーマ曲を組み合わせたものを使って振付をしました。それに伴い、かつらもあまり古典的すぎないものでと、かつら屋さんとも相談して頭の上にいわゆるお団子を二つ結ったようなものにしました。


日本舞踊五條流師範
五條美佳園 先生

 踊り終えた後、二人の小さなお弟子さんは目をキラキラ輝かせながら楽屋に会いに来てくれました。
 白くお化粧した私の顔をただニコニコと見つめるだけの二人…。

  それから2ヶ月後、夏のおどり勉強会が開催され、出演する二人は楽屋入りをすると一番に走り寄ってきて言いました。
「先生と同じ髪型にしました
 なんと地毛を二つ分けにして頭の上でお団子にしてあったのです。2ヶ月前の私のかつらを可愛らしく再現していて、よく見ているなぁとただただ感心する私。二人はお母さんに「どうしても」と頼んでその髪型にしてもらい、晴れの舞台を飾りました。

 子どもは素直で純粋ゆえに大人と違った角度から舞台を楽しんでいるのでしょう。子どもなりに感動したり憧れたりすることで想像力や意欲が育っていると思います。
 ぜひ、日本の伝統芸能の舞台にも足をお運び下さい。お子様たちの意外な反応が見られるかもしれません。
私たちも皆さんに楽しんでいただける魅力的な舞台をお見せできるよう努めてまいります。



笙(しょう)

笙(しょう)
  更新日:2016/10/21
【第5回】柴垣治樹先生(第2回)
 『雅楽の楽器紹介その2 【篳篥(ひちりき)】〜大地の音色〜』

名古屋を中心に雅楽の活動をしている主韻会の柴垣治樹です。 前回のエッセイでは笙(しょう)の紹介をさせて頂きました。次に紹介させて頂きます楽器は、雅楽の管楽器の一つである篳篥(ひちりき)です。篳篥は奈良時代初期に中国(当時は唐)から伝来した縦笛の一種です。

昔は小篳篥と大篳篥がありましたが、平安時代以降大篳篥は用いられなくなり、現在雅楽で使われているのは、小篳篥です。現在のものは、長さ6寸(約18センチ)の竹管の表に7孔、裏に2孔をあけ、上端に蘆(あし)製の舌(リード)を挿入し演奏します。舌はダブルリードになっており、オーボエの構造に似ています。
一説では、篳篥の原型とされる西アジアの葦笛が西洋に伝わりオーボエが生まれ、東洋では篳篥が生まれたとも言われています。篳篥は雅楽の主旋律を受け持ちますが、音域が1オクターブくらいしかないため、装飾的な奏法が発達しています。代表的なものが塩梅と呼ばれる奏法です。篳篥は舌が大きいため、同じ指使いでも舌のくわえ方によって3律前後の幅があります。この特徴を生かしてポルタメント的に演奏する技法を「塩梅」と言います。この奏法は、指の押さえ方を変えずに、同じ孔の音でも吹き量や唇の位置を加減することで音程に幅(高低やスラー)を出すものです。また、篳篥を演奏する際は舌を湿らせて吹きやすくする目的から、温かいお茶(シブのあるもの)に浸けるのが良いとされています。なお、笙の音色が天上から差し込む光を表すとされているのに対し、篳篥の音色は地上で生活する人間の声を表していると伝えられています。



雅楽演奏家/
雅楽企画者主韻会代表
柴垣 治樹先生

「雅楽から生まれた日本語:塩梅(あんばい)」

物事の加減や具合を意味する言葉に塩梅があります。料理の味付けが上手くいったときなどに『塩梅が良い』などと言いますね。
一般的には、料理の際の塩と梅酢の加減が語源だとされていますが、じつは古来より、雅楽においても、先ほどご紹介したように、篳篥には塩梅という奏法があり、それが語源になったとも言われています。ちなみに「あんばい」ではなく「えんばい」と読みます。     
絶妙な音程を聞いて[良い塩梅だね〜]から、物事の具合や程よい加減の時に使われる言葉となり、「えんばい」から少し変化して、 「あんばい」という言葉が生まれたとのことです。



笙(しょう)
撮影:吉澤 忍
  更新日:2016/9/26
【第4回】岡崎美奈江先生
 箏曲って? その1 〜箏と琴〜

 お箏(おこと)って、「なんだか敷居が高そう」、「難しそう」、そんな印象をお持ちではありませんか?

 そこで私は、古くは奈良時代に遡る日本の伝統楽器“お箏” をもっと身近なものに感じていただけるよう、普段からよくご質問いただく事柄なども交えながら、お話させていただきたいと思います。
ところで、皆さんは、お住いや職場のお近くで【箏・三絃教室 生徒募集】【琴・三味線教室 生徒募集】といった看板をみかけたことはありませんか? 「箏」と「琴」、一般的には、どちらも(こと)と読まれます。
 ですが、正しくは「箏」は(そう)、「琴」は(きん)と読み、「お箏」と書かれた場合には(おこと)と読みます。その理由は、以前は「箏」の字が常用漢字に含まれていなかったことから、代わりに「琴」の字を当てることが多かったため、現在でも混用されるようになったものと考えられます。
 しかし、「箏」(そう)と「琴」(きん)は、本来全く別の楽器です。両者の最大の違いは、「箏」は柱(じ)と呼ばれる可動式の支柱で絃の音程を調節するのに対し、「琴」は柱が無く、絃を押さえる指のポジションを変えることで音程を調節する楽器だということです。
なお、現在一般的に「箏」は十三本の糸を張った十三絃の箏のことを指します。

【箏に琴柱あり、琴に琴柱なし】
このように覚えていただくと分かりやすいかと思います。

 ちなみに、「琴」というのは、そもそも昔は絃楽器の総称でした。実際、平安時代に書かれた源氏物語にも「箏(ソウ)のコト」「琴(キン)のコト」「琵琶(ビワ)のコト」という記述があります。


箏曲演奏家
岡崎美奈江先生

勧進帳の一場面より 左から義経、弁慶、富樫(歌川国芳作)
江戸時代中期の源氏物語屏風絵より
左から箏をひく光源氏、琴をひく女三宮、琵琶をひく明石の君



  更新日:2016/8/18
【第3回】杵屋 六春先生
 長唄名曲紹介 「西洋音楽に例えると〜Vol.1」

 長唄ってなんだか難しそう。歌詞も解りにくいし意味不明だわと思っていませんか?

 日本の音を代表する三味線音楽の中で、最も華やかなのが長唄。長唄は江戸時代後期に歌舞伎の伴奏音楽として発展してきました。舞台の幕が上がり、正面にずらりと並んだ奏者が長唄方と説明すれば、なじみが無い方でもお分かりいただけるのではないでしょうか。

 長唄の中で最も有名な曲と言えば、
歌舞伎十八番「勧進帳」<天保11年(1840)四世杵屋六三郎作曲>。   勧進帳の一場面より 左から義経、弁慶、富樫(歌川国芳作) 


長唄・唄方
杵屋 六春先生

 源頼朝の怒りを買った源義経一行が、北陸を通って奥州へ逃げる際の安宅の関(現在の石川県小松市)でのお語。義経一行は武蔵坊弁慶を先頭に山伏の姿で通り抜けようとする。辿り着いた関所で、弁慶は焼失した東大寺再建のための勧進を行っていると言う。
 しかし、関守の富樫左衛門の元には既に義経一行が山伏姿であるという情報が届いており、山伏は通行罷りならぬと厳命する。そして富樫は勧進帳を読んでみるよう命じる。弁慶はたまたま持っていた巻物を勧進帳であるかのように装い、朗々と読み上げる。なおも疑う富樫は山伏の心得や秘密の呪文について問いただすが、弁慶は淀みなく答える。富樫は通行を許すが、部下の一人が強力(ごうりき、義経)に疑いをかけた。弁慶は主君の義経を金剛杖で叩き、その疑いを晴らす。
 危機を脱出した義経は弁慶の機転を褒めるが、弁慶はいかに主君の命を助けるためとは言え無礼を働いたことを涙ながらに詫びる。義経は優しく弁慶の手を取り、共に平家を追った
戦の物語に思いを馳せる。 
 そこへ富樫が現れ、先の非礼を詫びて酒を勧める。それに応じて、弁慶は酒を飲み、舞を披露する。舞いながら義経らを逃がした弁慶は、笈を背負って富樫に目礼。
 主君の後を急ぎ追いかける。弁慶の義経に対する忠義心に感銘を受けた富樫。三者が織りなす「智・仁・勇」の感動の物語として名高い演目でありますが、これは西洋音楽に例えると「オペラ」。
 オペラとは演劇と音楽で構成される舞台芸術。勧進帳もお芝居と音楽の掛け合いで構成されており、西洋音楽に例えるとオペラの要素を強くもつ演目とされております。皆さん良くご存じのオペラ「蝶々夫人」には、長唄の名曲の一つ「越後獅子」の一節が使われております。こんなところでも長唄はオペラとも繋がっているんですよ。


「弁慶の泣きどころ」
「泣きどころ」は、普通は向こうずねを指す。
弁慶ほどの豪快な人でも蹴られると痛がって泣く場所の意から、転じてその人の急所のことをいう。

 
  更新日:2016/7/29
【第2回】五條美佳園先生
 『日本舞踊 ちびっこほのぼのエピソード集 第1回 〜さくらんぼジャンケン〜』

皆さまは日本舞踊をご覧になったことはございますでしょうか。

日本の伝統芸能の一つでありながら、あまり関わることのない世界と感じる方もいらっしゃるのではと思います。
未来の担い手である小さな子どもたちがふとしたきっかけで日本舞踊を始めて、日々お稽古に励んでいます。そんな子どもたちの微笑ましいエピソードをご紹介させて頂き、皆さまに日本舞踊により親しみをもって頂けたらと思っています。どうぞお気楽にお付き合いくださいませ。

私たち日本舞踊五條流珠園会は、月に1度、老人福祉施設を訪問して日本舞踊を踊らせて頂いております。特に園児や小学生の踊りは入居者の皆さまにとても喜ばれ、子どもたちにとっても貴重な体験です。


日本舞踊五條流師範
五條美佳園 先生

 ある日、小学生のお姉ちゃんのお稽古に毎週付いてきていた5才の男の子から「ぼくもおどりのおけいこやりたい!」と嬉しい告白。早速お母さんに浴衣の用意をしてもらいお稽古が始まりました。

とても集中して真剣に楽しく踊る彼に、
 私「どうして、にちぶをやりたいと思ったの?」
 子「だって“さくらんぼジャンケン”がしたかったんだもん……。」
 私「さくらんぼジャンケン??」
 子「だってさ、お姉ちゃんが“がんばって踊った子しか、
   さくらんぼジャンケンしたらいけない”って言うんだもん……。」

 実は施設訪問の後、がんばったごほうびに出演者皆で喫茶店に行き、デニッシュ生地のパンにソフトクリームとシロップをかけたお菓子(名古屋発のアノ喫茶店の名物。ご存知の方も多いかも?)を食べることが恒例となっているのです。
子ども達には大きすぎるのでみんなで分けあうのですが、付いてくるさくらんぼはたった1つ……。その1つを誰が食べるのか、子どもたちは毎回ジャンケンで決めていたのです。そのジャンケン大会に参加するため、日本舞踊のお稽古を始めることを決意した5才児…。

 可愛らしくてほほえましいきっかけではありましたが、いざ始めてみると彼はどんどん日本舞踊が好きになりました。
「着物が着たい」
「お化粧したい」
「さくらんぼが食べたい」
どのようなきっかけであれ、日本舞踊をやってみたいと思って始めてくれた子どもたち、それを暖かく送り出してくださる親御さんたちに心より感謝しています。

  更新日:2016/6/22
【第1回】柴垣治樹先生
 『雅楽の楽器紹介 その1【笙(しょう)】〜天から差し込む光を表す音色〜』

皆さん初めまして。名古屋を中心に雅楽の活動をしている主韻会の柴垣治樹です。

さて、突然ですが、皆さんは日本で一番歴史の古い伝統芸能は何かご存知ですか?
その答えは、1,500年以上の歴史を誇る“雅楽”なんです。雅楽は日本の重要無形文化財であり、ユネスコ無形文化遺産にも指定されています。
とはいえ、雅楽をよくご存知でない方も多いと思いますので、まずは雅楽で用いる楽器を紹介させて頂きたいと思います。最初にご紹介するのは笙(しょう)です。 
笙は、奈良時代に雅楽とともに大陸から伝わった楽器です。笙の形は翼を立てて休んでいる鳳凰に見立てられ、鳳笙(ほうしょう)とも呼ばれます。

頭(かしら)と呼ばれる部分の上に17本の細い竹管を円形に配置し、竹管に空けられた指穴を押さえ、頭の横側に空けられた吹口より息を吸ったり吐いたりして、17本のうち15本の竹管の下部に付けられた金属製の簧(した:リード)を振動させて音を出します。
これは西洋のパイプオルガンのリード管と同じ原理で、一説には笙がパイプオルガンのルーツであるともいわれています。また、ハーモニカ等とは異なり、吸っても吹いても同じ音が出せるため、他の吹奏楽器のような息継ぎが不要で、同じ音を鳴らし続けることが可能
なことも大きな特徴です。
現代では雅楽に留まらず、管弦楽や室内楽の楽器や、声楽曲の伴奏楽器として用いられることもあり、様々な分野で笙の音が活躍するようになっています。

笙(しょう)
撮影:吉澤 忍
「笙から生まれた日本語」
風流を解さない、人情の機微がわからない人を野暮な人、と言いますね。この野暮、最近ではあまり耳にしなくなりましたが、実は笙が語源です。笙は17本の竹管を組み合わせた構造でなんとも雅な和音を奏でます。この17管にはそれぞれ音階が割り当てられ、1管ずつ名前がつけられています。その中で也(や)と毛(もう)という2管は長い年月の間に音的に省かれてしまったようで管として存在はしていても何と音が出ません。そう、ただそこにあるだけなんです。ここから「や・もう」は無駄なことを意味するようになり、「やもう」が「やぼ」になり、「野暮」になったと言われています。
雅楽演奏家・雅楽企画者
主韻会代表 柴垣治樹
雅楽演奏家・雅楽企画者
主韻会代表 柴垣治樹先生
  更新日:2016/6/16



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