【第28回】加藤 条山先生
遊音の会
令和7年2月26日(日)に北文化小劇場に於いて第二回遊音の会を開催致しました。
遊音の会は、尺八の条山会・奏山会、箏三弦の雅楽志優会の会員会友で構成され、とにかく皆さんで舞台を楽しみましょう、とスタートした会です。第一回を平成30年に名東文化小劇場で行って以来7年ぶり。実はその間にも一度企画をし会場も予約したのですがコロナの影響でキャンセルしました。
今回は名古屋市文化振興事業団の主催ということもあり、前回よりも責任感を持って臨みました。しかし我々の舞台を楽しむ、という趣旨を忘れず企画に入りました。
プログラムは尺八だけでアンサンブル曲を入れる。ちびっ子達に初舞台を経験させる。足を運んで頂いたお客様にプロの演奏も聴いて頂く。私達は基本三曲界の人間なので三曲合奏は数曲演奏する、等意見を集約してプログラムを作りました。12月よりリハーサルをスタートし、最初は戸惑いもありましたが4回のリハーサルで本番は何とか満足出来る演奏になったようです。
出演者たちからも「楽しかった」「次回もまた出演したいです」と言う声が多く、会を導いて来た身としてはホッとすると共に大変嬉しく思いました。これをご覧の皆様も是非舞台を経験されてはいかがですか?緊張感も達成感も感じられますよ。
最後になりましたが、一日気持ち良く演奏会をさせて頂きました北文化小劇場のスタッフの皆様に心より感謝申し上げます。
更新日:2025.06.06
【第27回】國分 入道光雲先生
和太鼓の力~Part6~
(前回からの続きとなります)
確かに会場となった公民館は狭い上におじいさんおばあさんが超満員50人位はいたでしょうか、確かにドームとは規模が違いますが、あれ以来の人前での演奏、ましてや一人っきりでオリジナル曲、正直ここにきて引き受けるんじゃなかったと後悔の念が。
小さな舞台に太鼓を1台置いて、袖(と言ってもカーテンの後ろに隠れる感じの袖ともいえぬ場所ですが)に控え、出番を待ちます。あまり人前で緊張しない私ですが、この時はさすがに足が震えるのを感じました。
司会の方が「今日は特別ゲストとして、、瑞穂通にお住いの國分さんに和太鼓演奏を披露していただきます。國分さんどうぞ!」の言葉に促され、舞台中央の太鼓へ。ほんの2・3歩ほどの距離がすごく遠くに感じたのを覚えています。
太鼓の前に立ち、足をさばき、撥を構えます、まだ足が震えています。会場は静まり返り、すべての皆さんの視線を体中に感じます。
「ヨイサ~~~!」の気合一閃(いっせん)、ドドン ドン ドン ドンドンドンドンドン・・・・
と太鼓の打ち下ろしからスタート。
そしてドコドコドコドコとリズムを刻みながら要所要所にアクセントを入れて強弱で曲に仕立てていきます。
太鼓の響きが自分に返ってくると同時に、足の震えは止まり、体は熱を帯び、頭で考えるのではなく体が勝手に反応して、曲を仕立てていきます。練習の時は3分も過ぎると息が苦しくなってくるのですが、この時は息苦しさなど少しも感じず、ラストシーンの乱れ打ちの時など、もっと続けて打ちたい・・・・そう思うぐらいに「楽しい!」に代わっていました。
そしてこのシーンの時一人のおじいさんから「頑張れ!」と声援が。
そして締めの音
「ヨ~~~~~オッ!」「ドドン!」「ハッ ソイヤ!」
と決めポーズが決まると、会場が一瞬シーンとなり、その後一呼吸置くと再び万雷の拍手が降り注がれました。まるで名古屋ドームと同じような拍手をいただけたのです。
準備していた曲は3分程度のものだったのですが、演奏が終わったころには7分が過ぎていました。そう、名古屋ドームとほぼ同じ時間を一人で打ち切ったわけです。
演奏の後車いすに乗ったおばあちゃんが、私のところに来てくれて、私の手を握り、涙を流しながら、「本当にありがとう、元気をいただきました!明日から又頑張れる力が湧いてきたの、本当にありがとう」
そんな言葉をいただきました、本当にありがたいことでした。
底の浅い、アドリブでごまかしたような曲、ただただ、熱を込め必死にに打つ事だけで精いっぱいだったど素人の演奏で、ここまでの言葉をいただけたのは、太鼓そのものに人の気持ちを動かす大きな力があるのだと。
そしてその響きをもっとうまく引き出せる太鼓打ちになれば、国や人種関係なく多くの人を元気にすることが出来るのではないかと。
※気合一閃…強い気概が一瞬で閃くように発揮される様
更新日:2025.05.14
【第26回】石田 巳賀先生
第7回「花に恋して〜皐月」
新緑の青葉が、鮮やかになる季節になりました。五月晴れの空も美しく、風も初夏の到来を思わせてくれます。江戸時代の俳人・山口素堂の句「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」が口づさみたくなります。
五月の花といえば、日本刀のような形の葉を持つ剣状葉の「あやめ」「菖蒲(しょうぶ)」「杜若(かきつばた)」が有名ですね。今回紹介しますのは、花菖蒲(はなしょうぶ)と、いたや楓(かえで)、かすみそうを使用した作品です。
花菖蒲は、日本伝統行事の五節句のひとつ「端午(たんご)の節句」のいけばなに欠かせません。青色や紫色は、日本の初夏の色を感じさせてくれます。他にもピンク・白・黄色まであり、多彩な色合いを楽しませてくれます。いたや楓は葉が大きく、やわらかな緑色が美しく、この季節を表現するのに最適です。
また、さわやかなみずみずしさ表現するために、五月に旬を迎えるかすみそうを添えました。かすみそうは、なでしこの花の仲間です。
花を生ける時に気をつけることは、自然の美しさを感じてその感動を表現することです。植生に従って、「木は高く 花は低く 草はより低く」。これが基本の形です。花を生けることより、葉を生ける意識で楽しみましょう。
更新日:2025.04.24
【第25回】華房 小真先生
端唄って何?其の六
梅の花が咲くのも、平年より随分遅く、ようやく桜咲く、待ちに待った春がやってきました。
端唄小唄には、四季を愛でる楽しむ曲がたくさんありますが、春の端唄小唄の中でも代表格の「梅は咲いたか」「夜桜」があります。花の風情と、男女の恋心が、巧な掛け言葉で綴られており、粋な春の曲です。梅や桜は、日本を象徴する花ですのでそれを題材とする端唄小唄は数限りなくあります。
今年のNHK大河ドラマは蔦屋重三郎が活躍した江戸吉原を舞台とし、また吉原から発生した文化、風俗がエンターティメントとしてわかりやすく発信されています。私たちが目にする当時の浮世絵や文学も吉原を題材としたものが数々あります。端唄小唄も江戸時代の流行のですので、遊里遊興の地、吉原と縁も深く、そこで生まれ歌われ流行していった曲も数多くあります。令和の今でも、愛唱され演奏されております。
春といえば、吉原の年中行事、待ちに待った「花見」でしょう。この行事は寛延2年1749年に始まり吉原の三大景物でした。仲之町メインストリートに毎年満開を迎える桜を植えかえて、豪華に花見を楽しみました。この桜を「夜桜」と呼びました。訪れる客や吉原から出るのを許されなかった遊女たちにとっても、桜を愛でるこの時期、花見はひとときの楽しみであったかと思います。
恋焦がれた花魁にあうべくウキウキと吉原へ向かう道中唄もあります。当時の人々が春、桜を満喫する高揚感が端唄小唄の歌詞から時代を超えて伝わってきます。歌は、心情をあらわすものですから時代は違えど春を待つ心は同じ。どこか私たちの琴線に触れて、江戸時代に生まれたこの春の粋な端唄小唄は、令和の今も愛唱されているのだと思います。
「夜桜や」
夜桜や
浮かれ鴉がまいまいと
花の木陰に誰やらがいるわいな
とぼけしゃんすな
芽吹き柳が風に揉まれて
えーふうわり ふうわりふうわりと
おおーさ そうじゃいな そうじゃわいな
※文化年間の吉原の夜桜を唱った上方唄。
「浮かれ鴉」とは吉原のご常連などを指し、
「まいまい」は、浮かれた男が舞舞歩くのを毎夜毎夜とを掛けた言葉。
更新日:2025.03.22
【第24回】國分 入道光雲先生
和太鼓の力~Part5~
(前回からの続きとなります)
名古屋ドームでの熱も冷めやらぬまま、近隣地域の出演メンバーとともに太鼓を続けていこうということになり、「転輪太鼓」を結成、一台の太鼓も持ってはいない太鼓チームというにはあまりにもお粗末なチームでしたが、熱量だけはどんなチームにも負けない気概でいっぱいでした。
仕事を終えて集まり、酒酌み交わし、朝まで夢を語り、そのまま早朝の公園へ移動して太鼓代わりのタイヤを死に物狂いで叩き込み汗だくになりながら、ドームで演奏した曲をひたすら練習する。
そんな日々が一年ほど過ぎた時、町内敬老会の役員の方が、突然うちに来て、「國分さん太鼓やってるそうじゃないですか、もしお願いできるならうちの町内の敬老会で一曲太鼓を披露してもらえませんか?」との依頼を受けたのです。
もちろんうれしい話ではありますが「チームのみんなにも聞かないといけないので」と言うと、「いやいや、予算もないですしそんなに広いところではないので、國分さん一人でできませんか?」と・・・・・
この1年あすか組だけでなく、ほかのプロチームの演奏も見に行きました、当たり前ではありますが、自分のチーム、いや自分自身の太鼓のレベルがどの程度なのかをいやというほど自覚し始めた時期でした、ましてやチームではなく個人で・・・ソロの演奏・・・正直出来るかどうかも分からないと思いましたが、この役員さんかなり押しが強く、思わず「わかりました・・・」と受けてしまったのです。
受けた以上は、やるしかないと腹を決め、必死に初めてのオリジナル曲(とは言っても今思うと、本当に幼稚な曲でしたが)を準備し、太鼓も自腹でレンタルし、ナゴヤドームで身に付けた衣装に、古い剣道着の袖を落として羽織り、現場で使ったロープを三つ編みにして帯代わりに締め自分では様になったと思い込んで、敬老会の会場へ乗り込みます。
(次回へ続きます)
更新日:2025.03.11
【第23回】石田 巳賀先生
花に恋して~如月~
立春を迎える二月。少しずつ少しずつ太陽の出ている時間が長くなり、春の足音が聞こえてきます。晩秋から枯れ木のようになっていた木々の枝の先に、日ごとに膨らんでいくつぼみを見つけると、うれしくて愛おしくなります。
今回紹介する花は、寒木瓜(かんぼけ)です。木瓜はたくさんの品種があり、開花の期間は11月頃から遅いものだと6月まで楽しめます。とくに寒い季節に咲くものを寒木瓜や冬木瓜と呼ぶそうです。バラ科の植物で、梅の花によく似ていますが、花が大きく色が鮮やかで、艶(あで)やかな感じがします。花を楽しむだけでなく、実も食べることができます。花後の9~10月には香りのよい青い瓜(うり)のような実をつけ、それを果実酒やジャムにしていただきます。
写真の作品は、寒木瓜の投入花(なげいればな)です。投入花とは、つぼのような背の高い花器を使用したいけばな作品のことです。枝ぶりの良い一本を選び、花の色を引き立たせるために、花器は白に近い色のもので生けました。早春を感じていただけたら嬉しいです。展示場所は、古川爲三郎記念館です。どこで撮影したか、探してみてください。
最後に、私のお気に入りの一句を紹介します。
「初旅や木瓜もうれしき物の数 」正岡子規
【花いけワンポイント】
木瓜(バラ科)の種類によっては、とげがあるものがあるので、気をつけること。
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寒木瓜の投入花
更新日:2025.01.22
【第22回】華房 小真先生
端唄って何?其の五
正月と聞くと、やはり心があらたまります。しめ縄を玄関に飾り、鏡餅を備えたり、お節や、また大掃除をしたりと一年を無事に過ごせるようにと、新しい年を迎える準備をされる方は、令和の時代でも多いのではないかと思います。
年中行事により季節を感じ、生活の節目を整えるのは、日本古来の伝統が生活の一部として今に息づいているといえるのではないでしょうか。
江戸時代の元旦は、旧暦で現在の2月中旬位でした。
元旦は、庶民は家でゆっくり過ごしてまさに寝正月。事始め、初売り、また出初め式なども2日からでした。江戸八百八町48組、本所深川16組の火消しが、揃い半纏で集まる様子は、まさに江戸の華!各町内の火消しがハシゴ乗りを披露し、観客も正月早々大賑わいの様子が歌川広重の浮世絵に残されています。
また、浮世絵だけでなく、端唄「初出見よとて」にもその出初め式、鯔背(いなせ)な火消し、纏(まと)いもちの様子が歌詞になっております。
この「初出見よとて」は、実は「桜みよとて」という端唄の替え唄です。
1815〜20年頃、名優3代目坂東三津五郎(坂東流を開いた)が大阪での出演時、得意の演目中にこの桜みよとてを唄い、三都に評判を呼んだそうです。端唄は流行歌ですので、評判の舞台で名優が唄う新曲を、当時の人は老若男女こぞって歌ったのではないでしょうか。
その大流行りした桜みよとてを明治25年1月の歌舞伎座で、河竹黙阿弥作「梯子乗り出初め晴業」の歌舞伎の中で5代目菊五郎にあてて黙阿弥が作詞したのが「初出見みよとて」です。
黙阿弥の鯔背な歌詞が1810年頃の流行り唄、端唄「桜みよとて」に、新しい衣を着せて、ブラッシュアップ。
現代でも愛唱される端唄の一曲となりました。
「初出見よとて」
初で見よとて 出をかけて先ず
頭取の伊達姿、良い道具持ち
粋なポンプ組 えーずんとたてたる
梯子乗り 腹亀じゃ 吹き流し
逆さ大の字 ぶらぶら谷覗き
※腹亀、吹き出し、逆さ大の字は、梯子乗りの技、型です。
更新日:2025.01.19
【第21回】加藤 条山先生
尺八は天然素材
尺八という楽器は、1尺8寸という長さなので尺八と言う名称で呼ばれています。曲尺で1尺8寸(1寸が3.03㎝)ですので約54.5cmとなります。何故1尺8寸になったかは諸説ありますが、ここで書くと長くなりますので割愛させて頂きます。
では、尺八という楽器が全てが1尺8寸かというとそうではありません。例えば、みなさんがお正月になるとよく耳にする宮城道雄作曲の「春の海」は、1尺6寸という6cm程短い尺八で演奏します。1寸短くなれば、音程が半音高くなります。逆に1寸長くなれば、音程は半音低くなります(これはあくまでも理論上での話で現実にはこの通りにはなりません)
私が所属している三曲会では、1尺8寸・1尺6寸の2本の長さの尺八を持っていれば99%の曲を演奏する事が出来ます。残りの1%は、尺八同士のアンサンブルになった時に、2尺1寸や2尺3寸といった低音域の尺八が必要になる事があります。他にも、民謡や詩吟の伴奏になりますと、歌われる方の声の高さに合わせて竹の長さを選択しないといけません。(私も一寸刻みで12律の長さの尺八を所有しています)
竹を素材としているので、一本たりとも太さ、唇に当たる感覚(演奏者にしかわかりませんが)が同じ物はありませんので、演奏には神経を使います。これも天然素材を使っている楽器の宿命かもしれません。
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左から)1尺2寸、1尺8寸、2尺3寸
更新日:2024.11.16
【第20回】國分 入道光雲先生
和太鼓の力~Part4~
(前回からの続きとなります)
大トリの我々の演目のスタートです。
先頭の「行くぞ!」の掛け声に110人が「おおおお!」と地響きのような雄叫びを上げながら、台車に乗った太鼓を一斉に自身の布陣に移動させ、扇を開いたような隊形に変わります。一糸乱れぬ見事な移動と転換に、観客から一斉に拍手が沸き起こりました。いよいよ演奏です。
大太鼓の音が鳴り始めます「ドドン ドン ドン ドドン ドン ドン・・・・」その音の響きに合わせ飛鳥師匠が竜笛を響かせます。そして最後の「ヒヤ~~~ヒヤ!」という甲高い竜笛が響き終わると、いよいよ我々の演奏です。
締め太鼓の固くも澄んだ太鼓の音が響きます「テン テケテケテケ」 気合一閃「イーヤー」中太鼓が吠えます「ズドーーーンドン」。全員の呼吸が見事にピタリと揃いドームいっぱいにその響きが伝わります。
私自身、この後の記憶は演奏が最後に決まるまではほとんどなく、ただ感覚的に、一心不乱に体に叩き込んだこの曲をほかのメンバーと心を一つにしながら激しくも心地よい時間を体感していました。苦しいとかつらいとかはなく、ただただ歓喜と感謝の演奏だったと思います。
そしていよいよラスト「ヨ~~~~~オッ!」「ドドン!」「ハッ ソイヤ!」と決めポーズが決まるとナゴヤドーム(現バンテリンドームナゴヤ)が一瞬シーンとなり、その後一呼吸置くと万雷の拍手が降り注がれました。
もうその時はほぼ全員が汗と涙で顔をグシャグシャにしながらも胸を張り一礼をし、整然と再び一糸乱れぬ動きで、退場しました。裏導線に移動してからは、ぶっ倒れるもの、人目もはばからず号泣するもの、べとべとの汗まみれにも関わらず男同士で抱き合うもの、各々が感情の箍を外し、大成功の演奏をたたえ合う姿は今でも私の記憶に鮮明に残っています。
ドームで受けた熱と力、そして感動と3万人の拍手の嵐、歓喜の中での絶対的な達成感。これを感じてしまった私です、それこそ、スーパースターに成った気分。
この勘違いが、プロの太鼓打ちへと大きく人生を変えることになるのでした。
更新日:2024.10.13
【第19回】石田 巳賀先生
花に恋して~神無月~
芸術の秋。植物も秋色に色づき始めました。この頃、いけばな展や花のイベントが全国各地で多く開催されます。名古屋市内の催しで私が出品しますのは、名古屋市民芸術祭主催事業の「名古屋いけばな芸術展」と「石田流芸術展」です。それぞれ特徴は、前者は流派を越えてのいけばな展(大人のみ)、後者は、石田流の門下生(学生から大人まで)が毎年異なる趣向のテーマのもと作品を発表するというものです。
いけばな展の楽しみ方は、秋を代表する草花「秋の七草」を指折り探してみるのも趣きがあります。草葉の長さや花の咲き具合、花材の取り合わせで細やかな季節の変化を表現されていたり、落ち葉や枯れもの、旬の果物、木の実などを添えて趣向を凝らしてある作品も楽しいです。
また季節の表現だけではなく、テーマをつけていけてある作品もあります。主題に合う花材や必要であれば植物以外の物も使用し、その世界観を作者が自分なりに作ります。今年の「石田流芸術展」は、紫式部によって書かれた『源氏物語』を花屏風で表現します。
写真の作品は、2018年に「源氏物語より~千年の恋」というテーマで発表した作品です。御所車ですれ違う男女から、突然生まれる恋のエネルギーを表現しました。錦繍の秋、どうぞいけばな展にいらしてください。
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源氏物語~千年の恋
更新日:2024.10.13